龍の泪 6話
《世界観》
・背景は第二次世界大戦末期(1945年)の3月頃の日本のお話。
・人間の住む世界と龍神達の棲む世界とは同軸。
・竜=西洋竜(翼がある)/龍=東洋龍(蛇のよう)
・人間の姿で生活している。
《これまでのあらすじ》
茜陽と一梅の神社に白妙と綿次郎が訪ねてくる。
白妙は、堕落してしまった己の一の弟子の罰として、御水が濁り、目が見えにくくなっていた。
茜陽は何故弟子が堕落したのか聞こうとしたものの、憔悴している白妙の様子に口をつぐむ。
しかし白妙は、人間の戦争に対して龍神が関与してよいものか悩んでいた。それを茜陽は諭し、様子を見るように収めた。
そして、半人前の綿次郎と共に白妙は帰路についた。
数日後、茜陽は神社を訊ねてきた小夏と出会う。
小夏の家族は戦争によって離れ離れになっており、海軍にいる兄の為の御守りを神社に買いに来たのだった。
茜陽は小夏に龍の御守りを渡す。そして、一梅に白妙の所へ薬を届ける様に頼んだ。
白妙の所に薬を届けに来た一梅は、白妙達の棲む川が空襲に遭ったことに気付く。綿次郎は白妙のお陰で無傷だったが、一時記憶障害に陥ることになった。
一方、白妙は空襲の影響で全身に赤黒い痣ができてしまう。一梅が呼んだ茜陽が術を使い、痣を半分茜陽に移すことで、白妙は一命をとりとめた。
空襲の痣のお陰で伏せている白妙のもとに、鴇鼠が訪ねてくる。そして、鴇鼠から西洋の竜が攻めてくること、その原因は白妙の元弟子、一雲にあること、
そしてそれらに対抗するために勇士を結成することを知らされる。
茜陽のもとに、白妙と茜陽の師である赤紅が訪ねてくる。そして、茜陽も西洋の竜が攻めてくることを知る。
同じころ、薬を貰いに綿次郎が茜陽のもとを訪ね、赤紅と話している茜陽の代わりに、応対した一梅に一雲の事を聞かれ、一雲が「大切なものを守りに行く」と出て行ったことを一梅に話す。そして、綿次郎は代わりに一梅から気になる言葉を聞く。
《登場人物》
白妙(しろたえ)♂
龍年齢:約700歳 人年齢(外見):25~30歳位
川に棲んでいる。生真面目な性格だが、悩み事を一人で抱え込む癖がある。
綿次郎(わたじろう)♂
龍年齢:約300歳 人年齢(外見):14歳位
白妙の二の弟子。正義感にあふれているが臆病で、白妙様は怖い。
弟子になってから日が浅い。
《用語》
・弟子:弟子はそれぞれ「一の弟子」「二の弟子」「三の弟子」となり、一の弟子が一番上の要するに一番弟子。
・ツノ:龍神にとっては力の象徴であり、神通力の扱いに長けるほど立派になる。尚、天に剥奪されてしまうとただの
水に還ってしまう。また、人型でツノを他の龍神に見せると威嚇行為になってしまう。
・藍鉄(あいてつ):龍神
・山吹(やまぶき):龍神
・天龍(てんりゅう):龍神を統べる神であり、高天原に住まう。
綿次郎♂:
白妙♂:
001次郎:うーん。この本じゃないな。……あ、あそこにあるのは?
002白妙:ワタジロウ
003次郎:ふーむ……。違う、載ってない
004白妙:ワタジロウ!
005次郎:へ?あ?し、シロタエ様!?いつからそこにいらっしゃったのですか!?
006白妙:「冷や水に浸けておいてくれ」と、頼んだ枯れナナカマドの実は?
007次郎:あー……。す、すみません!忘れていました!今やってきます!
008白妙:もうやっておいたからいい
009次郎:ひぇっ!すみませんでした
010白妙:それより。お前は書庫なんぞに籠って、頼んでおいたことを忘れるほど、何を調べていたんだ?
011次郎:えっと……。その。
012白妙:ワタジロウ、儂相手に誤魔化そうとしても無駄だぞ
013次郎:はいっ!
014白妙:はあ。自分で調べて答えを見つけるのも大事だと思うがな、考えても調べても見つかりそうにない場合は、
どうすればいいと思う?
015次郎:え、えーっと
016白妙:素直に聞け。そうすれば、案外近くに転がっている答えを、見つける手立てになるだろうに。
017次郎:はい
018白妙:で、もう一度聞く。何を調べていたんだ?
019次郎:師弟の、契約の事です。
020白妙:……何故だ?
021次郎:え、あ、その
022白妙:なぜ調べていた?師弟の契り(ちぎり)なんて、儂とお前も結んだのだから、知っているだろうに。
023次郎:……か、カズウメさんが
024白妙:……ふむ、あの娘(むすめ)が何か言ったのか?
025次郎:えっと、「師が堕落し、忌々しい契約のせいでともに堕落しかけていた私を、救ってくださった。」と。
それで、アカネビ様の前にカズウメさんは違う龍神に師事していたのではないかと思いまして。
026白妙:はあ……。聞いてよい事と悪い事の分別くらい分かれ!
027次郎:ご、ごめんなさい
028白妙:で、お前の知りたいことは、複数の師匠に仕える事はありえるのか、だな?
029次郎:はい
030白妙:通常ならば、それはありえんことだ。弟子が独立するまでは、外からの干渉を受けない限り、
師弟の契約は簡単に解けやしない。
031次郎:そうですが……。
032白妙:不満げな顔だな
033次郎:だって、カズウメさんは?どうしてです?
034白妙:はあ……。まあ、お前も儂の弟子である以上、アカネビの所とは深く関わってくるだろうし、覚えておけば、
何か役立つかもしれないからな。……茶を淹れてきてくれ。話してやる。
035次郎:は、はい!
036次郎:どうぞ、お茶です
037白妙:ありがとう。
038次郎:……。
039白妙:……まあ、座れ。
040次郎:はい!
041白妙:さて。いいか、ワタジロウ。今から話すことは、むやみやたらに外に話してよいことではない。
師弟を結ぶ契約は、お前も知っての通り繊細だ。
お前に話したことで、他の師弟、特にアカネビ達の契約が危ぶまれる事があれば、
お前のツノが剥奪される事態となり得る。
……儂はもう弟子を失いたくはない。が、弟子の疑問に答えてやるのが、師としての役目だと儂は思っておる。
042次郎:は、はい。(深呼吸)……誰にも話しません、約束いたします。
043白妙:よろしい。……この儂らの川から南へ向かうと、大きな湖があるのは知っているか?
044次郎:南?えーっと、地図でなら知っています。ですが、あそこは沼だったと記憶しておりますが?
045白妙:あそこはな、沼になってしまったんだ。
046次郎:どうしてです?
047白妙:あそこは昔、湖だった。そこにも、儂らと同じ存在、龍が棲んでいたんだ。
儂と茜と、その龍は師匠同士の仲が良くてな、独立した後も何らかの形で交流していたんだ。
そして、茜の弟子は元々、そこに棲む龍の弟子だった。……その湖はな、沢山の魚が棲み、
人の子が釣りをしたり、泳いだりして絶好の遊び場になっていた。湖には川の様に流れが無い。
風に揺られて水面(みなも)が波打つ程度。そこに棲んでいた龍も、いつも穏やかな笑みを浮かべて、
遊ぶ子ども達をそっと陰から眺めていた。
茜の弟子も、あの頃はよく笑ってよく喋り、とても活発な子だった。
048次郎:そう言えば、カズウメさんが笑ったところを、見たことがないです
049白妙:そうだろうな。茜の弟子になってからは、茜以外に心を閉ざしてしまっているんだ。
あの娘は、前の師匠をとても慕っていた。
今のあの娘は、茜を慕ってもいるだろうが、執着心がいささか強すぎるんだ。
それゆえに、周囲への態度が険しくなってしまった。……本当に、あれは酷い出来事だった。
堕落したんだ、そこに棲んでいた龍が。湖が沼になったのも、それが理由だ。
050次郎:堕落。
051白妙:ああ。お前はまだ知らないだろうが、堕落した龍神は、天龍様の手が下るまで押さえつけておかねばならぬ。
龍神を抑えるには、単身では到底無理でな。通常は5柱(いつはしら)以上の龍神が必要なんだ。
……あの時は、儂と師匠、アイテツとヤマブキ、それにアカネビがいた。儂は師匠から呼び出しを受け、
カズクモにここの警戒を託してから出向いた。
052次郎:警戒?
053白妙:そうだ。未熟なうちは、龍神が堕落した場所にいるだけで影響をうける。
だから、弟子は祓いの場には連れて行ってはいけない。そして……あの光景は、忘れもしない。
儂がその場に着いた時には、既に湖に棲んでいた沢山の魚が息絶え、異様な臭いがしていた。
そして、天まで届いてしまうのではないか、という程の瘴気(しょうき)がたちのぼっていた。
054次郎:そんな!周囲の影響は、大丈夫だったんですか!?
055白妙:先に到着していた師匠とヤマブキ、アイテツが結界を即座に張ったおかげで、瘴気(しょうき)にあてられた
人間は、両手で数えられるだけにおさまっていたんだ。
そして、儂は一層強固に抑えこむために、龍の姿になり、接近していった。
その時だったんだ、あの娘に気が付いたのは。
弟子はな、師匠が堕落すれば、問答無用で危険因子とみなされ、師と同じようにツノを剥奪される。
だか、あの娘は。……必死に己の師であった龍の身を案じ、話しかけていた。
056次郎:(鼻をすする)
057白妙:そして、茜が到着して、あの娘へと近づいていった。茜は、三言二言あの娘に語りかけておった。
……すべてが終わった後、疲弊した儂らに茜はこう言ったんだ。「この娘は私が貰う。弟子にする」と。
058次郎:そ、そんな事が可能なんですか!?
059白妙:普通は不可能だ。しかし茜は直接、天龍様にかけあった。
それに、茜はそこらの龍神よりはるかに神通力がある。
天(てん)が良しと言うまで、目を離さないということを条件に、1年ほどであの娘は茜の弟子になったんだ。
060次郎:……そうだったんですね
061白妙:あの娘の執着心は、聊かしょうがないところがあるから、茜も気づいておるが強くは言えんようだ。
……なあワタジロウ。この話を聞いて、お前はどう思った?
062次郎:……なんて言ったらいいんだろう。
063白妙:ほう?
064次郎:えっと、僕もシロタエ様の弟子である限り、他事(ほかごと)じゃなくて、あり得る話ですし……。
あ!シロタエ様が堕落してしまうなんて、微塵も思っていませんよ!
065白妙:ほう?
066次郎:……カズウメさんの話を聞いて、可哀想だ、大変だった、という簡単な言葉で済ませることはできます。
カズウメさんは本当に、本当に辛い過去を抱えていたんだということを知りました。
普通なら、再び堕落してしまってもおかしくはないと思います。でも、カズウメさんは今、前を向いている。
カズウメさんは、強いです。……僕も、もっと強くなりたい。僕はカズウメさんと沢山お話しして、
沢山の事をもっと知りたいです。カズクモさんのように、シロタエ様の御傍に仕えるものとして、
強くなりたいです。
067白妙:ふむ……。そうか、強くなりたいのか。明日から覚悟しろよ?
068次郎:えっ!……は、はい!
069白妙:ふん(綿次郎の頭を撫でる)……もう一つ、聞いてもいいか。
070次郎:うわ!な、何なりと!
071白妙:カズクモの事を、お前は今どう思っている?
072次郎:えっと。……カズクモさんの事は、昔と変わらず尊敬しています。
073白妙:ほう。何故だ?
074次郎:大事なものを命を賭して守るのは、並々ならぬ勇気が、度胸や知識が必要なことです。
でも、そのために殺生をする事はいけません。僕たち龍神の間では、堕落する事は禁忌とされている。
けれど。僕は、大事なものを守ったカズクモさんの事を、最高の兄弟子だとずっと誇りに思っています。
075白妙:……(暫く考え込んで、ふと微笑む)
076次郎:シロタエ様?
077白妙:いや、儂は良い弟子たちをもったと思ったんだ。
078次郎:え!……明日は雪でも降りますかね
079白妙:降らせてやろうか?
080次郎:え、あ、いや、寒いのは嫌です!すみませんでしたー!!
20161201 修正
20170411 番号・修正
20170617 修正